自分で探すも宙ぶらりん
売り手となったのは、内装を主体とした建築業を営んでいる年商3億円の会社です。業歴は35年で、社員は10名。社長さんはいわゆる「雇われ社長さん」で、別にオーナーがいらっしゃいました。ホールディング会社などでよくあるパターンです。ちなみにオーナーも社長も、年齢はすでに60歳を超えています。
売却を検討するようになったきっかけは、業績の悪化でした。近年の建設業界は好景気ですが、この会社はその波に乗ることができず、業績はむしろ下降線。オーナーは先行きの不安を感じていました。「このまま手をこまねいていては、ジリ貧に陥るだけ。なんとか雇用を守ることができないのではないか?」。思い悩んだオーナーは、「よい縁があれば、全社員の雇用継続を条件に、会社を売却しよう」と決断したのです。
そして、まずは同業者を対象に、自分で売却相手を探し始めました。オーナーは自分が思いつく同業者に手当たり次第、ラブコールをしたそうです。しかし、相手からすれば、なかなかYESともNOとも返事がしにくいものです。そのままずっと宙ぶらりんの状態が続き、たまに相手が興味を示しても、希望価格に大きな開きがあって話にならない…というパターンが自分で探す場合には多いのです。この会社もそんなパターンに陥り、何の進展もないまま、時間だけが経過。そこで当社に相談があり、仲介役を引き受けることになりました。
外食業に打診した理由
この案件のポイントは、どこに打診するかいうことでした。私は迷うことなく、ある異業種の会社にこの話を持っていきました。飲食店をチェーン展開している会社です。この会社は、ちょうど売り手が会社を構えるエリアへの出店を加速させようとしているとの情報を私はつかんでいたのです。
出店を増やしていくためには、店舗を作る建築業者の確保が不可欠です。とはいうものの、初めての土地で建築業者を探すのは容易なことではありません。それが信頼できる業者となればなおのことです。ところが、自社で建築業者を持つことができればどうでしょう。技術者を安定的に確保ができるだけでなく、施工のスピードアップや質の向上、企画のレベルアップ、コスト削減といった多くのメリットが生まれます。売り手となった内装建築の会社は、その飲食会社にとって、うってつけのパートナーだったのです。
その後はとんとん拍子でトップ面談となりました。価格についても私が客観的に提示した額で双方ともすんなり合意にいたり、最終契約を締結。売り手の当初の希望通り、10名の社員はそのまま雇用されることになりました。
外見は同じでも経営は改善
それだけではありません。社名も、社長も、社屋すらも、そのままで仕事を続けることができたのです。外部の人からすれば何も変わっておらず、M&Aがあったことなど気がついてもいないでしょう。
しかし、会社の中身は大きく変わりました。売り手となった会社は、それまでの取引先に加えて、飲食チェーンからの受注を安定的に得られるようになったため、M&A以後、売上げを毎年30%ずつ伸ばしています。社員さんたちのモチベーションも向上し、社内には活気がみなぎるようになりました。将来の見通しが明るくなっただけでなく、M&Aを行う前より雇用条件がよくなったので、それも当然のことでしょう。
まさに、売り手よし、買い手よし、世間(従業員・飲食店のお客様)よしの、三方よしの好結果。M&Aの相手を探す際には、同業にこだわらず、合併後の相乗効果をイメージすることがいかに重要であるかを改めて教えてくれた成功事例でした。